雲「sweet ~いつもの味が一番の贅沢、甘くて初々しいカップルの味sweet~」

全く、男というのは愚かな生き物だと思う。

「これ」
そう言って差し出した板チョコに目の奥から輝き出すのを感じそんな風に思う。
もっさい男にその辺で売ってる安い板チョコ渡されたぐらいで目を輝かせるなんて、なんて悲しい生き物なのだ。
「俺にか?へへっ」
どこか嬉しそうに、照れくさそうに受け取る。
こんな板チョコでも一年で一日だけ、特別な意味を持つ。

好意の象徴として。

「で、誰から頼まれたんだ?柊上忍か?」
あ、成程。そういう勘違いしているのか。
確かに受付は今日任務が入っていると必ず会う場所だから預ける場所として悪くはない。
悪くはないが、受付に預ける時点でその好意の度合いは低いだろう。
「いいえ、誰からも預かっていません」
そう言うと一瞬眉を顰め、すぐにハッとした。
「なんだ、イルカからかー」
ガクッとあからさまに凹んでいる。
どうやら気がついたらしい。
「俺からじゃねーよ!強いていえばツナデ様だよ!」
「はー今年一番最初のチョコはツナデ様かぁ・・・確かに女だけど・・・」
「ご厚意に感謝してしっかり働けよ」
「はぁー、愛情が欲しい・・・」
そうは言いながらちゃかりとチョコレートを持っていった。


バレンタインデー。
どこからともなく伝わってきた文化が定着したのはもう何年も前になる。
普段はなんの意味ももたないチョコレートが、その日渡すだけで告白と同じ意味を持つ。
その日は男女ともにどこか浮かれ、ソワソワとしだす。
それを見たツナデ様は今年突然大量のチョコを発注した。
昨日山のようなチョコレートに呆然としていると、ツナデ様はニコリと笑った。
「皆にはキリキリ働いてもらわないといけないからねぇ。私からの栄養剤だと思いな!」
まだ就任して間もないのに里の為を思って、本当にツナデ様はお優しい方だ。
感動した!
その後ボソッと「お返しは三倍返しだからねぇ・・・」という言葉は聞かない事にした。
そういう訳で俺はせっせと配る。
女はいい。
甘い物を貰えたと素直に喜んでくれる。
だけど男は違った。
誰からの好意かと目の色を輝かせて、ツナデ様からだと言うとひどく落ち込む。
気持ちは痛いほど分かる。この日は呼び止められるだけで心が浮き立つ。一年の中で一番告白される可能性が高い日なのだ。誰でもいいといいながら好意のこもったチョコレートを喉から手を伸ばして欲しがる。
分かるがツナデ様のご厚意をなんだと思ってる!
だけどなんだかんだ言ったって、チョコレートを嬉しそうに貰う姿を見ると、何でもいいんだなぁと思いながらチョコレートを配った。

午前中そんなことをしていると、段々とイルカに会えばチョコレートを貰えると伝わっていく。そうなると俺も楽なもので一人に二つ上げないよう注意しながら配っていった。
あらかた配り終えると二時間ほど受付に戻った。
今日は寒さからか任務が少ない。報告書もあと数枚だなぁと思っていると、知った顔が入ってきた。
はたけカカシ上忍だ。
(げっ・・・)
俺は思わず顔を顰めた。

俺はこの人が嫌いだった。



初めて会ったのは卒業した生徒を通してだった。一番気がかりだったナルトを受け持つと聞いていてもたってもいられず、三代目にお願いして会わせてもらった。口数は多くはなかったが、それでも俺の言葉を熱心に聞いてくれた、気がした。
その後も受付などで顔を合わせる度に俺が様子を伺っていると、ポツポツと話してくれ、暫くすると向こうからも話しかけてくれた。
勿論彼の功績は俺でも知ってるぐらいの有名人だ。そんな人から声をかけられて有頂天にならないはずない。七班の話だけではなく、彼の体験談などを聞けた時はひどく興奮した。
廊下で一時間も立ち話をして、それでも話し足りなくて、仕事があるので立ち去らなければならない時には後ろ髪をひかれる思いだった。
「よければメシでも食いませんか?」
そう誘われた時は、興奮しすぎてぜひっ!と大声で叫んでしまった。真っ赤になる俺を彼は可笑しそうにククッと小さく笑った。
中々日程が合わず、じゃあ来週のどこかでと約束して。

それは叶うことはなかった。

中忍選抜での言い争いで、僅かにあった交流は見事になくなった。
俺は暫くどうしても許せなくて、彼がいると露骨に目をそらした。それが唯一出来る抵抗だった。
その後わだかまりが消えることなく、苦手というカテゴリーに分類されたまま疎遠になった。きっとこのまま当たり障りのない顔見知りに戻るのだろうと思った。
そうした関係が変化したのはつい最近だった。
その時、俺は洗川先生を探していた。引退し、今は指導しかされていないが、昔は名の知れた上忍だった。五十代になり黒かった髪の毛は白へとなっていったが、元気で若々しい人だった。
資料室で白髪の人が見えたので思わず近寄った。
「洗川先生、今日の・・・」
肩に手をのせ顔を覗き込むと、顔が半分黒かった。
思わず目を丸くして、手をはねのけた。
よく見るとそれは口布で、白髪だと思った髪は銀色に鈍く光っていた。
そこで初めて人違いだと気がついた。
「すみませんっ!」
慌てて頭を下げた。
男は無言はジロリと睨んだ。
「・・・何?」
「あ、いえ、すみません。人違いでした」
そう言うとわざとらしく大きな溜息をついた。
「オレの髪、白髪に見えるって失礼じゃない?どれだけ目が悪いの?」
低い声に静かな怒りを感じる。
ヤバイ、凄く憤慨されている。
「すみません」
深々と頭を下げるとチッと舌打ちされた。
「忍で目が悪かったら致命的だーよ。しっかりしてよね」
「・・・はい」
「これだから中忍は」
そう言ってさっさと出ていった。
俺は呆然とその姿を見送り、バタンとドアが閉まった音がして、ようやく今の出来事が頭に反芻した。
途端、ムカァッと怒りがこみ上げた。

これだから中忍は。
これだから中忍はぁだぁぁあぁ!?

完全なる嫌味だった。
たかが人違いしただけであんなこと言われなければならないのか。そりゃ人違いは悪い。しかも五十代の白髪の方と間違えたのだから嬉しくはないだろう。だけどそこまで言うことか?
いや今のは絶対違う。ぜぇったい違う。
あのヤロー、ついに嫌味を言うようになったのか。
それまでは階級の事など感じさせないぐらい気さくで優しい人だと思ってたのに。
中忍がなんだって言うんだよ。
中忍の分際で意見するなってことか。生意気だって言いたいのか。その通りだが、そんなこと言う人だとは思わなかった。
いや、そういう人だったのだ。
だから部下に対しても「潰してみるのも面白い」なんてこと言えるんだ!

その日からはたけカカシは苦手から嫌いになった。


ヒクッと顔が引き攣るのを感じた。
そのままなんとか笑顔を作り「オツカレサマデス」といつも通り言う。
するとフンッと鼻で笑われた。
「ブサイクな顔」
なっっんだぁとコノヤロォ!
なんて叫べたらどんなに気持ちがいいだろう。言えないけど。中忍だしぃ。
ヒクッとさらに顔が引き攣りながら手を出した。
「ホウコクショヲアズカリマス」
「はいはい」
出された報告書は嫌味なぐらい達筆な字で書いてある。いや、それは前からだけど。
悔しいがここまで完璧に書ける人はそういないだろう。
「なんか不備でもあるの?アンタ本当トロいね」
やっかましぃわ!
クッソ。焦って集中出来ない。
だけど前、大丈夫だろうと「問題ありません」と言った瞬間、「あ、書き忘れてた」と自ら書き直したことがあった。
その時の心境は分かるだろうか。
顔から火が出るような恥ずかしい思いをしていると、彼は書き終えてニヤッと笑った。
「ちゃんとしてよね、せんせ」
うおぉぉぉおおぉ!!
もう絶対彼の前ではミスしたくない。どんな嫌味を言われるか想像しただけでも怒りがこみ上げる。
そんな訳で彼の時は人一倍気を使ってみていた。
(よし、よし、よし・・・っと)
「お待たせして大変申し訳ありません。不備はないです。お疲れ様でした」
「・・・三分十秒」
突然そんなこと言われてキョトンとする。
「普通みんな二分半ぐらいで終わるんだけど。本当見た目通りどんくさくてトロいよね」
こいつ、毎回計ってるのか。どんだけ神経質なんだよ。それ計ってなんの意味があるんだよ。
っと言うか誰がどんくさくてトロいって!?
見た目がなんだって。
アンタの方が怪しくてうんくさいだろ。
ギリギリと歯軋りする勢いで睨みつけると、ククッと笑った。
「アンタって本当分かりやすいよね。そんなんでよく忍やってられるね」
余計なお世話だぁあ!!
なんだこれ、喧嘩売ってるのか?売ってるよな?買ってやろうか!負けるけど、圧倒的に負けるけど買ってやろうか!
立ち上がろうとした瞬間。

彼が一瞬視線を逸らした。

(ん・・・?)
するとそのまま翻し去っていった。
何だったんだ?とその後ろ姿を見送ってると、次の人がやって来た。
「お疲れ様です、お預かりします」
気になりつつ報告書を預かる。
チェックすると、無意識に手が横にあるものを掴んだ。
「これ」
(あ、そうだった・・・)
もう無意識に手が出るぐらい配っていたチョコレート。
渡した瞬間、男はぱぁぁと嬉しそうな顔をした。
本当男って・・・。
「チョコ、俺にか?」
「はい」
「っし!」
誰にとは聞かれなかったのでまぁいっかと、喜ぶ彼を生易しい目で見守る。
まぁ誰でもいいから欲しいよな、チョコレート。
「・・・あ、しまった!」
それを見てハッとする。
さっき渡すのをすっかり忘れてた!
よりにもよってはたけカカシに!
「あーあぁあー・・・」
あげなくてもいいかなぁ。たかが板チョコ。
いや、でもツナデ様からのご厚意なのだ。
だけどなぁ。
あの人だって俺から貰うなんて虫唾が走るんじゃないかなぁ。
チラッと隣にいる同僚を見る。
「なぁ、これはたけ上忍に渡してきてくれねーか?」
「はぁ?嫌だよ。さっき渡さなかったのか?ドジだな」
同僚にも嫌味を言われムッとする。そりゃ今日は普段の仕事にプラスしてチョコを渡さなきゃいけないから皆疲れてるけどさ。
いつもなら流せるのにさっきはたけカカシに嫌味を言われたので、なんだかひどく腹が立った。
「忘れたんだよ、いいだろ?俺あの人苦手なんだ」
「知ってるよ。散々聞いたわ。そんな恐い人俺だって近寄りたくねーよ」
そう返されて言葉を失う。
「・・・・・・いや、あの人優しい人だよ。チョコあげたら嬉しいって飛んで喜ぶぞ」
「今更取り繕ってもムダなぐらい愚痴聞いてるから無理」
ちっ、愚痴りまくったのが裏目に出るなんて。過去の自分を罵りたくなる。
「それにお前が行かなかったら、きっと『なんで渡し忘れた人が来ないの?責任って知らないの?オレが根性叩き直してあげないとかねー』とか言うと思うぜ」
くぅっ!言いそうでムカつく!
仕方ないので席を立った。人も少ないし、受付は大丈夫だろう。早く追いかけないと家まで届けるハメになる。そんなことは御免だ。
「・・・ちょっと空けるな」
「おー」
くっそー。はたけカカシが急かすからいけないんだっ。
心の中で罵倒しながら彼のあとを追った。
もうどこかへ行ってないといいけど。
幸いなことに見つけられる範囲で彼は歩いていた。
「はたけ上忍!」
叫ぶとゆっくりとこちらを向いた。
そしてすごく面倒くさそうな顔で「何?」と言った。
やっぱりムカつく。絶対嫌味を言われるだろうな。
「そんなことも満足にできないの?アンタ何年受付してんの?」
これぐらい平気で言いそうだ。
「いいねぇ受付って暇で。戦場じゃアンタ一発で死ぬよ」
うっせーよバーロー!これでも五年戦忍してたっつーの!
嫌だなぁと思いながらも渋々近づいた。
「すみません、お渡ししたい物がありまして」
「はぁ?さっき渡せばよかったじゃない」
最もらしいことをいいやがって。そんなこと言われなくても分かってるわ!
だけど忘れたなど言いたくない。絶対バカにされるし。
悟られたくなくて俯いた。
他にいい言葉ないか・・・。
頭をフル活動させる。
後で渡そうと思ってた。
・・・いや、これだと忘れたと同じだ。
あの場で渡したくなかった。
何で?と聞かれるだろうな。
皆に見られたくないから。うん、悪くない。それっぽいぞ。
あ、そっか。
任務表とか大事な物ではなく、今回渡すのはチョコだ。業務に関係ない私事と言ってしまえばいい。そうしたらあの場で渡すのは支障をきたすと思ってとか言えば良いのだ。
いいぞ、俺。最もらしい!
「その、受付で渡すのは悪いと思って」
「はぁ、何?」
「その・・・、これを・・・」
そう言って板チョコを差し出した。

一瞬息を呑む音が聞こえた。

「・・・?」
あれ?何で取らないんだろう。
俯いているから様子が伺えない。
早く取れよ。こっちはまだ仕事中なんだぞ。
「あの、はたけ上忍・・・」
「これ、アンタから俺に?」
あ、そういう勘違いされたか。
あー、今コイツの心境がよく分かる。
「はぁ?アンタからチョコもらって喜ぶと思ってるの?オレに受け取ってもらいたきゃ高級チョコがナイスバディの姉ちゃん寄越しな」
とか平気で言いそうだな。実際今日何人かに冗談交じりに言われたし。
いえいえ違いますよー。そんな気色悪いことしませんよー。これはツナデ様から里のために働いている人に配られたご厚意ですよー。
今日何度目かのやり取りが思い出されて辟易した。
やれやれ説明しなきゃいけないのかと見えないように溜息をつき、笑顔を作る。さっさと終らせよう。勢いよく顔を上げ、ニカッと笑う。
「いえ、これは」
俺は一瞬にして言葉を失った。


そこには恍惚の表情を浮かべてチョコレートを眺めるはたけカカシがいた。

その表情は無邪気で、あどけなく、ただひたすら喜んでいた。


その表情には覚えがある。
この日にはよく見られる表情だ。



俺だって覚えがある。
幼い頃、同級生のみよちゃんにチョコレートをもらった。手作りの小さなカップケーキだった。
初めて母親以外からチョコをもらい、その嬉しさにただただ驚愕した。嬉しかった。それ以外の感情などなかった。告白されるよりもっとずっと嬉しかった。誰よりも何よりも自分が尊く思えた。

だって俺は好意をもらえたのだ。
誰にも愛されない人ではないと、証明されたのだ。
いなくてもいい人なんかじゃない。
価値のない人間なんかじゃない。
誰かの特別なのだ。

自分の部屋でじっくりと眺めた。食べれることなどできなかった。このまま飾って宝物にしよう。
そんなキラキラとした気持ちでその日ずっと眺めていた。
そう言えば胸がいっぱいで何も返事していなかった。これをくれるってことは俺のこと好きなんだよなぁ。

俺って愛されてるんだよなぁ。

誰かから特別視されてると思うと純粋に嬉しかった。いてもいなくても変わらないその他大勢と括られてない。
別に彼女を意識してなかったけど、でも嬉しいから付き合おうかな。
俺、恋人ができるんだ。
なんて甘酸っぱいことを思ってワクワクしながら学校に行くと。


みよちゃんはクラス中みんなに配っていたことを知った。


本命にはカップケーキなんてものではなく大きなチョコケーキを作っていた。
あれは好意の象徴なんかではなく、クラス全員に配られた善意のお裾分けだったのだ。

特別なんかじゃなかった。
誰一人として、俺のこと必要とされなかった。


あの時のショックは未だにハッキリと思い出せる。嬉しくて嬉しくて、キラキラした気持ちを踏み潰されたようなものだった。
彼女が悪い訳では無い。このツナデ様からの板チョコと同じ。
彼女は別に好きだとは言わなかった。俺だって別に好きだったわけでもない。

だけど。

誰からも愛されてないと、特別なんかじゃないと目に見えて証明させられた。
不要な人間だと、否が応でも自覚してしまった。



バレンタインデーなんて残酷な日だと思う。
モテない人が、ありありと証明させられる。実はあの人俺のこと好きなんじゃないのかなぁとか思っていたのが全部叩き潰される。もらえない人間はもらえた人と比べてひどく価値がないモノへと成り下がる。
あれから俺は恋愛に消極的になった気がする。
期待するのが怖かった。
相手がそんなつもりなくても、素振りで期待して、それが間違っていたらと思うと、そんな期待最初からしなければいいと思った。
そして俺自身も。
絶対思わせぶりな態度はしないように、相手を期待させないようにしていたのに。


この、はたけカカシの顔。
これはあの日の俺だ。
相手からの好意に期待して喜ぶあの日の俺だ。

こんな板チョコ一枚で。



「嬉しい」
蕩けるような笑みで、まるで宝物を見つめるかのように板チョコを眺めている。
「ねぇ、これオレに?アンタから?」
「あ、えっと・・・」
いえ、ツナデ様からですって言わないと。
皆に配って回ってるだけですって本当のこと言わないといけないのに。
そう思うのに。
そう言ったら、きっと傷つく。
俺にはそれが分かる。
どれだけ傷つくか、今どれだけ嬉しいか、痛いほど分かる。
俺には痛いほど分かるのだ。
「嬉しいなぁ。ありがと。大切にする」
心臓から血が溢れだしそうだった。
そんな笑顔でこちらを見ないでくれ。
そんなたかが板チョコ大事そうに抱きしめないでくれ。
「あ・・・の・・・」
上手い言葉が見つからない。
彼が傷つかずにすむ言葉が見つからなかった。
「ね、この後暇?お礼にさ、夕飯奢るよ」
「え?」
「ねぇ、行こ。いいとこ知ってるから」
「あの、でも・・・・・・」


「ね、ほら、約束したでしょ?」


その言葉に、息を詰まらせる。
今。
今それを持ち出すのか。
あの僅かに心を通わせたあの瞬間の名残を。
今持ち出すのか。

断れるわけない。
断れるはずない。

「あ、の・・・っ、もう少しで、終わりますから・・・。お待たせするかも知れないのですが」
「いいよ、大丈夫。先に行って予約してくるから。式送るね」
そう言ってルンルンで行った。
俺ははたけカカシが嫌いだった。
中忍選抜での言い争いから、最近の嫌味な言動。俺の気持ちを理解してくれない彼も、腹立たしいことしか言わない彼も嫌いだった。
だけど。
あんな嬉しそうな顔をした彼を。
まるで自分が価値のある人間だと証明されたことを喜ぶ純粋な子どものような彼を。
嘲笑い、踏みにじるようなことが出来るかと言えばノーである。
(クソッ、たかが板チョコぐらいで・・・っ)

全く、男というのは愚かな生き物だと思う。





はたけカカシが指定したのは、少し高めの、だけど頑張れば支払えるぐらいのごじゃれた居酒屋の個室だった。
仕事から一直線で向かうと、嬉しそうに待っていた。

テーブルの端に、俺のあげた板チョコを置いて。

(クソッ、なんでそこに置いてるんだよ・・・っ)
一気に罪悪感が押し寄せる。
視線に気がついたのか、彼はニコッと笑った。
「あ、ごめーんね。嬉しいから見えるところに置きたくてね」
(くぅうううううっ!)
抉る!俺の良心をこれでもってぐらい抉ってくる。
ハハハハッとかわいた笑いを浮かべながらビールを注文した。
「あの子たち、さ」
「!」
「アンタの言いたい事は分かるよ。オレだってアイツらは可愛い。でもアンタは生徒として、オレは部下として出会ったんだ。オレにとってアイツらは可愛くて守ってあげる生徒ではなく、里を一緒に守っていく仲間なんだよ。最初からそこが違う。だから意見だって食い違うよ。だけどさ、だからと言ってどちらが正しい理由でもないし、間違ってる理由でもない」
そう言って懐から小さな箱を二つ取り出した。
「これ、サクラから。アンタとオレに」
「サクラが・・・」
二つ同じ箱だった。
「ナルトには、もう少し大きかったかな。サスケにはもっとちゃんとしてたの用意してた」
「ハハハッ。想像できます」
「オレ、アンタと同じ箱で嬉しかった。サクラにとって、オレはアンタと同じぐらい特別なんだって証明してくれたみたいだった」
その言葉にハッと顔を上げた。
彼は優しい笑みで二つの箱を見ていた。俺と同じように。
俺は何を怒っていたのだろうか。
何故あんなにも彼を遠ざけたのだろうか。
考え方も価値観も違う。言い方だって指導の仕方だって愛し方だって。
だけど。


だけどアイツらを思う気持ちは同じなのに。
子どもたちはとっくに分かっていたのに。


涙がこみ上げてくる。
それを見て欲しくなくてギュッと唇を噛み締めた。
泣いてる許されようと、そんな子どものようなことしたくない。
「あ、あのっ、俺あの時失礼な態度をとってしまってすみませんでした!俺自分の考えが正しいって、他の人の信念なんか知ろうともせず突っ走ってました!」
「うん」
「即答ですか!?」
ムスッとするとニヤニヤと笑われた。
「だって本当でしょ?無視するなんて今どき子どもでもしないよ」
「ぐっ、・・・でも貴方だって」
「ん?」
「い、嫌味なことばかり言ってくるし」
「間違ったことは言ってないと思うけど?」
「でも嫌味っぽかったです!」
「そりゃ怒りたくなるよ、あんな態度とられたら」
最もらしいこと言いやがって!その通りだけどさっ。
「上忍にケンカ売るなんて真似やめときなさいよ。負けるから」
「っ、そう言うのが!」

「ま、オレはイルカ先生のこと分かっているか気にしないけどね」

そう自慢げに笑った。


結局。
あのままだったら二度と俺たちの縁は交わらなかっただろう。この人がグシャグシャにして、メチャクチャにして、それでも繋ぎとめてくれたのだ。

そこでようやくビールがきて、乾杯した。
その約束は随分と前で、環境も状況も変わってしまったけど。
ようやく彼との関係が一歩進めたような気がした。



「こちら、本日バレンタインデーなのでお店からのプレゼントです」
料理も終盤になって出されたのはチョコレートのケーキだった。
「こちら、当店オリジナルガトーショコラです」
そう言えば昔みよちゃんが本命にあげたケーキ
もこんな感じだったなぁ。ガトーショコラって言うのか。
「何笑ってるの?」
「いえ、ちょっと昔のことを」
「ふぅん。思い出し笑いなんてエロいんだ」
「エロ・・・っ、違いますよ!」
簡単に昔のことを話すとふぅんと対して興味もなさそうな顔で頷いた。
「よく分かんないけど、好きでもない人から貰うのって嬉しいの?」
「特別視されたら嬉しいじゃないですか」
「ま、そうね。オレはどんなチョコでも嬉しいよ」
そう言って傍に置いていた板チョコを撫でた。
愛おしそうに、愛おしそうに。
まるで愛しい人を撫でるように優しく指を這わせた。
誰かから特別視されるのは、やはりこの人も嬉しいのだ。
誰からでも、例え俺からでも、好意は純粋に嬉しいのだ。
「ふふっ、腐ったり溶けたりしないように術でも使おうかな。大事に、大事にしないと」
そう言う彼は本当に嬉しそうで。
その光景にズキッと胸が痛む。
きっと。
きっと、俺が真実を言わなくても。
その板チョコは里中の人に配られたモノだと言わなくても。
明日には分かるだろう。みんな貰ったのだ。話題にあがらないはずがない。
そしたら、きっとこの人傷つくだろうな。
口が悪いのは元々だろう。そこまで親しくなかったから知らないだけで。
だけど、話せば話すほど、彼のことを知れば知るほど。自分の信念を持ち、確かにこの里を、そしてナルトたちを愛している。
素晴らしい人だ。
そんな人を、俺のつまらないウソで傷つけたくない。

ならば、ウソをホントにしてしまえばいい。

「それ、実はツナデ様から里中の忍に配られてるモノなんですっ!」
そう言うと、「ぇ・・・?」と微かに声がした。
戸惑ってる。分かってる。
彼が悲しむ前に、その言葉を理解するより前にすかさず「実はっ!」と大声で叫んだ。


「俺からのは、これで!」


そう言って。
ここへ来る前に買った、きちんとしたチョコレートを差し出した。

ちゃんと俺からのチョコレートを渡せば。
そしたらウソはウソではなくなる。
あげる気持ちはウソじゃない。こんなものであんなに喜んでくれるのならいくらでも贈りたい。
「これ、オレに?」
「はい!」
「イルカ先生から?」
「はい!」
彼の問いに自信をもって頷く。
ウソなんかない。
全部全部本当のことだ。


「嬉しい・・・」


彼はあの時と同じように恍惚した表情で無邪気にあどけなく嬉しそうに笑っていた。
あぁ、なんて気分がいいのだろう。
今彼にあの表情をさせているのは俺だ。
俺が、彼をあんな幸せそうな顔に出来るのだ。
「本当はあの時渡そうとして」
「うん」
「勘違いされたから出しにくくて」
「うん、うん。嬉しい。ありがと」
にこぉっと幸せそうに笑う。


「大事にするよ」


そうだといいな。
里のために命懸けで戦う彼が、このチョコレートを見て。
いつでもそんな風に、幸せそうに笑ってくれればいいな。




店を出ると雪がチラチラ降っていた。
寒いなぁとマフラーを首に巻きた。
「御馳走になってすみません」
「いいよ。たいしたことない」
カッコイイ言い方だなぁ。俺もそんな風に言えればいいのだけど。
「今度は、俺が奢ります」
そう言うとニコッと笑ってくれた。
このまま別れるのが寂しくてチラッと彼を見た。
このまま飲み直さないか誘おうかな。まだ深夜じゃないし、酔ってそうでもないし、近くに静かなバーとかあるんだけどな。
彼は今度は俺があげたチョコレートを大事そうに眺めている。バレンタインデー当日だからそんなに良いものは売り切れてて大したものではないからあまり見てほしくないけど。
「あの、このあと」
「あ、うん。どっちに行く?」
どっち?
あ、もう決まった店あるのか?
でも彼もまだ飲み直したいと思ってくれていると思うと嬉しかった。
「俺はどっちでも」
「じゃあオレん家にしようか」
オレん家?
あ、宅飲みなのか。確かに安上がりだし、周りに気を使わなくてもいいし。
納得して近づくと、ギュッと手を握られた。
「え?」
手なんか握らなくても歩けるんだけど。
疑問に思いながら彼の方を見ると。
何だかとってもいい笑顔してる!
「あ、の・・・」
「嬉しいな。今日からオレ達恋人だーね」
コイビト?何それ美味しいの?
「あ、でもちゃんと言わないといけないかな。イルカ先生鈍いから」
「え?え?」


「好きだよせんせ。オレたち付き合おう」


サーッと血の気が下りていくのを感じた。
ち、違う!
あのチョコレートはそういう意味ではなくて・・・っ!
好意もその好意ではなくて・・・っ!
でも言えなかった。このニコニコと笑うその顔が。


チョコレートをもらった時と同じ顔だった。


ここで違うなんて言ったら。
誤解です、あれはそんなつもりじゃないんですって言ったら。
そう言ったら、きっと傷つく。
俺にはそれが分かる。
どれだけ傷つくか、今どれだけ嬉しいか、痛いほど分かる。
俺には痛いほど分かるのだ。
「ふふっ、せんせ可愛いなぁ。嬉しい。オレ、本当に嬉しいよ」
「あの・・・」
上手い言葉が見つからない。
彼が傷つかずにすむ言葉が見つからなかった。
(たかがチョコレートぐらいでぇええぇぇ!)


全く、男というのは愚かな生き物だと思う。





それから流されるまま付き合い、一年が経った。最初は戸惑ったが、慣れてくるととても良い関係だった。
口が悪いのは相変わらずだが、彼のことを知れば知るほど好きになった。
そしてまたこの日がやってきた。
今年は配ることなく、受付や待機所などあちらこちらに小さなチョコが小箱に入っている。去年大変だったから考慮してくれたのかな。さすがツナデ様、お優しい。
仕事も終わり、彼の待つ待機所に急いだ。
「遅くなりました!」
彼は俺の姿を見ると読んでいた本を閉じてニコッと笑った。
「お疲れ様」
「お待たせしてすみません」
「いーよ。今日は待機だったから」
そう言って立ち上がると、彼の横にあった小さな山がパラパラと崩れた。
よく見るとそれは綺麗にラッピングされた小箱だった。
意味が分からず手に取ると、それはチョコレートの箱だった。
十や二十の数ではないソレが、彼の隣にあった。
(・・・・・・は?)
これは一体何の、誰のものだろう?
チラッと彼を見ると面倒くさそうにそれらを持ち上げ、ツナデ様が用意したチョコレートの小箱にバサッと入れた。
ご自由にお食べくださいの文字がなんだか歪に見えた。
「あ、あぁ。上忍の待機所には高級なチョコが置いてあったんですね!」
そう言うと怪訝そうな顔をされた。
「あぁ、あのゴミ?」
ゴミ!?
好意の象徴をゴミだと!?
「なんか勝手に置いて行ったからねぇ。ま、オレはいらないから、あそこに置いとけば誰か食べるでしょ」
なんて当たり前のように言いやがった。
コイツ!!
「騙したなっ!!」
「・・・はぁ?」
「アンタたくさん好かれてるじゃねーか!」
俺はあの時、その日唯一もらったチョコレートだからこそ喜んでいるのだと思った。
唯一もらった好意だから、大切にしているのだと思った。

なのにコイツは、こんなにも多くからチョコレートをもらってやがった!

それなら俺があげなくても良かったんじゃないのか。彼にとっては数あるチョコレートの一つだったのだ。別に俺からの好意がなくても彼には数多く好意をもらえている、言わばバレンタインデーでは世の男の敵だ。
なのに俺は勘違いして。
唯一もらえたチョコレートだから、それが偽りだったら悲しむと勝手に自分と重ねていた。
モテない自分と重ねていたのだ。
彼はそんなことなど感じないぐらいたくさんのチョコレートをもらっていたのに。
うわぁぁぁ。恥ずかしい!そして悔しい!
何だよ、あんなに喜びやがって!いや、俺の勘違いは悪くない。だって板チョコで喜んでいたんだから、そりゃ勘違いするだろう。
「なに?ヤキモチ?」
ニヤニヤと笑われムカッとする。
もう絶対チョコレートなんてやらん。あんな山の一部にされるなんて御免だ。
「知りません!」
「何拗ねてるの?いいからチョコ寄越しな」
「知りません!知りません!」
逃げるように走る。
ん?じゃあなんで付き合おうかなんて言われたんだ?唯一もらった好意だから付き合ってみようかなぁとかそんなことだと思ってたけど違うのか?
「あの、もしかして結構前から俺のこと好きでした?」
突然言ってしまった俺の言葉に怪訝そうに眉を顰めた。
「突然何よ?」
「いや、俺のチョコだけ大事そうにもらってくれたから」
「はぁ?当たり前でしょ」
ガシガシと乱暴に頭をかいた。


「アンタからのチョコ、何年待ってたと思ってるの」


何年って。
何年って、何年だよ・・・っ。
かぁぁあっと顔が熱を帯びていくのが分かった。
仕方がないから止まってやり、手を差し出してみた。
「俺ん家の冷蔵庫に入ってます」
「そっ。じゃあ今日はイルカ先生ん家だーね」
そういって嬉しそうに笑う。
あの日みたいに。


帰ったら。
冷蔵庫に入っているガトーショコラを見せてやろう。
俺が作ったんですって自慢してやろう。
いつも嫌味ばかり言う彼だけど。
きっとそれを見て、嬉しそうに笑ってくれるだろう。
彼にはきっと、その意味が通じるから。




※拍手は2月いっぱいまで撤去しましたありがとうございました。
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